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今回は、失われた10支族について続きを記そうとしましたが、イエス・キリストシンクロが止まらないので、先にそちらを記そうと思います。
と、いうわけで、今回は 10&Jew&住&銃&十 の中から「十」のおはなし!
ちょっと早いけど「伊勢に舞い降りたサンタクロス十」をお届けします!
↓↓↓とにかくまずはイエス・キリストの一般論をおさらい!
先日、イタリアのイルミナティの現役幹部 レオ・ライオン・ザガミ氏が来日し、ジャーナリストのベンジャミン・フルフォード氏と対談しました。
『これが闇の権力イルミナティの内部告発だ!』(2009年11月9日、ベンジャミン・フルフォード著、青志社刊)より以下に抜粋します。
ベンジャミン・フルフォード:以下(B)
レオ・ライオン・ザガミ:以下(L)
(B)この人達は一般市民の住んでいる世界を“プロフェイン・オーダー(下界)”と呼ぶぐらい自分達と一般人を区別し、感覚もかけ離れている。
またフリーメイソンの中でも、下級階層に教えられる“架空の歴史”と、組織のトップ階級にだけ明かされる“真実の歴史”の2つがあるという。
~中略~
(L)イルミナティが知りうるイエス・キリストの言葉がその答えの鍵となります。彼は東洋で自身を啓蒙したのです。イルミナティによると、イエスは東洋に向かったと伝えられます。インドの東部で、日本や中国にも伝わる文化について多く学んだと言われています。
これが驚くことに、現役のイルミナティ幹部の発言です。
↓↓↓ちなみにコチラがその対談の様子
そもそもイエス・キリストはその人生に、不思議な空白期間があります。
ベツレヘムで生まれ、12歳のときエルサレム神殿でユダヤの長老相手に、議論したという少年時代を最後に、プツリと記述がとだえるのです。
次に姿を現したとき、イエス・キリストは30歳。立派な人格を備えており、いきなり伝道を開始します。
わずか3年間に、伝道を開始すると共に、病人を癒す、死人を生き返らせるなどの奇跡を次々起こしました。
十字架に磔刑される(とされている)も、3日後に復活。その後昇天。これが現在のキリスト教が説明する一般論です。
この真偽は後で述べるとして、問題は、彼が飛躍的な成長を遂げた、12才から30才までの空白の18年間です。
イエス・キリストは何処で何をしていたのでしょうか?
まず、この空白を埋める記録が、やはりインドに残されています。
1887年、ロシア人ジャーナリスト、ニコライ・ノトビッチは、北インドのラダックのムルベクにあるラマ寺院「ヒスミ寺」に残っていた経典より「聖イッサ伝」を発表します。
この聖イッサなる人物は、実はイエス・キリストであり、14歳からインド各地を歴訪し、ジャイナ教やバラモン教、ゾロアスター教、仏教などを学びます。
ちなみにこの聖イッサは「ユズ・アサフ」とも呼ばれていて、真否の程は解りませんがインドのオリサには、その墓までも存在します。
↓↓↓そして彼の墓はインドやエルサレム以外に、日本にも存在します。
そして今度は18歳からのイエス・キリストの足跡。これは我が日本の「竹内文書」に記録が残されています。
神学者でもあり「竹内文書」の研究家山根キク著の『キリストは日本で死んでいる』(1958年)から以下を抜粋します。
印度にわたり、釈迦の師と仰いだ「カララ仙人」の居所だった檀特山に登った。そこにおいて、カララ仙人の子孫の当時の師より、真実の話を聞かされて、彼もまた日本を指して来た。~中略~
18歳の青年キリストは日本に渡って、越中の皇祖皇太神宮の神主、武雄心親王の弟子となり、足掛け5年の修行を始めた。~中略~
実に我神武紀元642年、11代垂仁天皇即位10年であった。そこでキリストは生命がけの行をはじめ、術事、文字、祭祀、歴史、天文学、祭政一致の根本的学問等を学び、遂に国王の印綬を天皇より頂くに至り、めでたく帰国の上、大使命を果たすべく日本を離れたのである。~中略~
彼は50余の神業の内、20位の奇跡は行い得るようになっていた。病気平癒は初手で、姿を隠す術、一丈もある高木への飛び上がり、飛び降り、~中略~水面を歩くこと、また空中を歩くこと・・・
上記のように彼が、今後ユダヤの地でみせる病人を癒したり、死人を生き返らせたり、パンを無限に増やしたりという奇跡の数々はこの行脚中に学んだものといえそうです。(ちなみに左上図はキリストが皇祖皇太神宮に残したイスキリス文字版画)
その後のゴルゴダの丘で十字架にかけられたのは、そっくりな弟イスキリ(石切彦)だったというのは、竹内文書の世界ではもはや常識であり、当のキリスト自身は、その後、西暦82年4月5日に亡くなるまでの108歳まで生きたとされています。
(ちなみに今現在でもイスラム教典コーランには、十字架に架けられたのはそっくりさんで彼らは勘違いをしているという内容の記述があるそうです。さらに20世紀に見つかった聖書外典「大いなるセツの第二の教え」にも真のキリストは十字架に架けられていないとあります。)
これで、イエス・キリストのゲッセマネの園での苦渋に満ちた祈りや、弟子ペテロの「あんな人知らない!」発言の真相がわかるというものです。
その後も、天皇の密命を帯びて、生涯で5回ほど日本に訪れていることもこの古文献には記されているそうです。
他にもイエス・キリストにまつわる不思議は、その生涯で何度もチベット経由でシャンバラを訪れて、イニシエートを受けて重要な仕事をしたとか、現在に至るまで30回転生して各地の聖人になったとか、さすがに話題に事欠かない存在です。
今回のブログでは、そんな数々のイエス・キリストの偉業のうち、日本(世界?)最大の聖地、伊勢神宮にまつわるものを紹介します。
↓↓↓次のBGM!伊勢ん上のメリークリスマス!
古神道家の浅見宗平氏によると、イエス・キリストは、来日後、道案内の神、猿田彦ともなり、現在、五十鈴川のほとりにある伊勢神宮の地の選定にも功績があったということです。
まずそれを理解するには、「イエス・キリスト=天空坊=天狗=猿田彦」この等式を理解する必要があります。
一見突飛に見えるこの等式ですが、イエスは再び日本の地を踏むときに、青森県八戸から上陸します。
これ以後イエス・キリストは、「八戸太郎天空坊あるいは十来太郎天空坊」と名乗ります。このとき14人の弟子達(12使途とは別)を引き連れていましたが、彼らも名前の語尾に「天空坊」を名乗ります。
イエス・キリストや弟子達は、あの竹内巨麻呂も使ったという「飛天の術」で空を飛ぶことが出来ました。このイエス・キリストこと「赤人天空坊」が「天狗」の由来というわけです。
ちなみに余談ですが、某竹内文書関係者によると、このときの14人の弟子、天空坊達がイエス・キリストの護衛 兼 密使も兼ねており、今で言う「忍者」の祖となったようです。秦河勝の時代が発祥かと思ってましたが、もっと実は古いんですね!
次に「天狗=猿田彦」ですが、山根キク女史も先ほどの同著に以下のように記しています。
キリストは天狗とも言われたが、髪の毛や顎鬚も伸ばし放題の上に、顔も猿の様に真っ赤だったので、一名猿田彦とも呼ばれたのである。
更に其処で社の開記録を一冊買って読んで見たところ、「11代垂仁天皇の御宇、猿田彦の子孫が内親王大和比売の命をご案内して、『この地こそ笠縫より御神霊を御移し遊ばさるるに最も好適地である』と申し上げて、この地即ち伊勢の五十鈴川の流域に御進め申し上げた」と記してあった。
私Ikusaも伊勢神宮のほとりにある五十鈴(いすず)という地名は、これは「イエスズ」ではないのか?と思っていたので、なるほどこれはしっくりきます。
ちなみに山根女史によれば、この猿の顔面の色「赤」が赤人キリストに関係する色としており、「赤福餅」の赤福とは、「赤人福神」ともいわれたキリストの別名でもあると記しています。
また、伊勢周辺の「山辺の赤人の生地」や「赤目、四十の滝の名所」はこれにちなんでいるとしています。(ちなみに私Ikusaはキリストは赤人と黄人の混血だと思っています)
また、東京の「石神井」なども、弟の石切彦とともに、当時「石神」と呼ばれたキリストに関連する地名であると説明しています。(ちなみに諏訪地方の古代神「ミシャグチ」に関連するとの説もあり)
その証拠に、石神井は「石切橋」を渡って程近くに赤城明神ありで、天狗が祀られており、さらに赤坂を下った山王様、ここには猿田彦が祀ってあったのを、江戸時代に他の神に変え、猿を門衛とし現在に至っています。
↓↓↓ちょっとブレイクです(笑)
更におもしろいタイムリーな話があります!
来月はキリストの生誕日であるとされているクリスマスですが、クリスマスといえば「サンタクロース」!!
これは実は山根女史によれば「サンタクロース」=「セント・クライスト」=「聖・キリスト」のことだそうです。
サンタのその赤い衣は赤人の衣のことであり、晩年、赤い衣一枚で過ごしたキリストは行く先々で、貧しい人に肩から担いだ大袋から食料を恵んで与えていたそうです。
危うくコカ・コーラ社の営業宣伝にだまされるところでした(笑)
にしてもイエス・キリストが猿田彦で伊勢神宮建設のお手伝い・・・・σ( ̄∇ ̄;)
いよいよキリストがイスラエルの失われた10支族とからんできました!
「私は、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」
マタイによる福音書第15章24節
さて、そんなキリストを讃えるキリスト教ですが、今日ではその真の姿は、オリジナルなものより、かなり捻じ曲げられてしまいました。
↓↓↓ちなみにキリストの本当の誕生日は紀元前37年1月5日だそうです。
キリストは実在しなかった説は言い過ぎですね!
キリストの真実の姿は、ペテロやパウロを始め、ローマ法王やカトリック正教、二ケーアの公会議などで、時の権力者の都合の良いように書き換えられてきた裏の歴史があります。
これからは死海文書やナグハマディ文書、ピスティス・ソフィア、ユダの福音書、トマスの福音書、フィリポの福音書、マグダラのマリアの福音書といったものが、偽りのキリスト教の欺瞞を暴いていくことになるでしょう。
↓↓↓マグダラのマリアの真実
現在のキリスト教の偽りは、私のHPにもある「聖マラキの預言」の通り、次のローマ法王を最後に崩壊していくのでしょうか・・・
イエス・キリストの真実の姿、本来の教えが明らかになるのは、もうすぐかもしれません。
「キリストの十字架も同様ぞ、キリスト信者よ改心致されよ、キリストを十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ、懺悔せよ。」 日月神示 第十三巻 雨の巻 第二帖
「何故あなた方は天を見上げて立っているのか。あなた方から離れて天に上げられたイエスは、またおいでになる。」 使徒言行録第1章11節
次回はイスラエル失われた10支族の続きです!
↓↓↓今回の記事の参考図書はコチラ!
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