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061-f-fuhito-2.jpg今回の記事の主人公は「真のアマテラス復権!②マジンガーZ編」と題して、兜ではなく「不比等」です!(←やっぱりアニメかよ!て突っ込みは無しです(笑)

(ちなみに真のアマテラス復権!①の記事はコチラ)

↓↓↓↓今回のBGMはコチラ!


藤原京。「古事記」「日本書紀」で真の歴史を改ざんした日本最大のフィクサー、yerd_67_1.jpg原不比の姓で呼ばれるようになったその都は、694年、持統天皇から始まり、710年の元明天皇の平城京遷都までのわずか16年間だけのものでした。


 

北に耳成(みみなし)山、東に天香具山、西に畝傍山・・・・通称「大和三山」に囲まれたその都は、湿地帯に造られたこともあり、汚水処理がままならなかった為に、すぐに廃都となったなど諸説いわれています。

fujiwara-fusuimap2.jpg


しかし、このわずか16年で閉鎖された都が、じつはある隠された目的の為に、約1300年経過した現在も機能していると知ったら、驚きを隠せないでしょう・・・。

 

 

ある隠された目的・・・それは、一体何なのでしょうか? 

 


それは「ある存在」「封印」するための「呪詛」です。





 
今回からブログでご紹介するのは、そんな呪詛に封印された「真のアマテラス」復権までのエピローグです。
 

 

kutinasi.jpg 「飛鳥の地上絵 呪いの巨人像」(2006年、学習研究社刊)の著者、山上 智氏は、藤原京のすぐ北側に位置している耳成(みみなし)山に登頂する際、沢山の「梔子」の花が咲いている事に気がつきましmenasikawa.jpgた。




そして近くに流れる川の通称は「目無し川」

 mizarru.jpg

耳なし、口なし、目なし・・・・。

 まるで、感覚器官をシャットアウトされている人間の「頭部」そのものです。

 


続いて山上氏は、藤原京跡地20箇所以上「春日神社」が集中している点に着目。
 

koyanene.jpg

「春日神社」の主要な祭神は「天兒屋根命」。「古事記」の中で、女神、天照大神が岩戸に隠れた時、他の神々と協力して、岩戸開きのための祝詞をあげた「呪詛」の神さまです。



そもそも「天兒屋根命」は、藤原氏(元・中臣氏)の祖神であり、「春日神社」は奈良・平城京にある藤原不比等の本拠地「春日大社」の分社です。



そこで山上氏は、藤原京跡地に散在している春日神社を、地図上で試しに結んでみました

 

74e1fc39.jpeg
驚くべきことに、そこに描かれたのは、なんと「耳成山」を頭部とし、藤原京を片手に剣片手に盾をもつ「巨人像オリオン」でした。

(ちなみにギリシャ神話には酒の神ディオニューソスが巨人オリオンを泥酔させ、両眼を剔って盲目にする話があります。ここでは目無しが登場しますね。)orion.jpg






ここに見えてきたのは「呪詛」の神を祖に持つ日本最大のフィクサー、藤原不比等の都を丸ごと使った壮大なスケールの封印です。




著者の山上氏は、この巨人像を、「当時、不比等をライバル視していた、石上朝臣麻呂の不比等個人に対する呪詛」と結論しストーリーを展開していきます。




そのくだりは、是非著書を購入して読んで頂きたいですが、私Ikusaにはどうしても腑に落ちない事がありました。

「たった一人の人物を呪詛するために、神社を20個も建立し、都を丸々利用するのだろうか?しかも、相手側の氏神を使って? それなら巨人像ではなく、藁人形で十分なのではないか?しかもこの巨人像の目、耳、口が封じられている理由が説明されてないのでは・・・・?」


そこで私は更に突っ込んで色々調べて見ました。そこに現れたのは現在にも続く不比等の巨大な陰謀でした。

(ここから先は、私Ikusaの個人的な推論になるので、あらかじめご了承ください。)

 

kasuga.jpg

ではまず、不比等のホーム、春日大社の創設から確認してみましょう。
 


 

春日大社は、藤原京のすぐ後に遷都した奈良・平城京鎮護の神として、藤原氏が常陸の鹿島神宮から「武甕槌命」を勧請し、同じく平城京の頭部に位置する春日山の頂siro.jpgに祀ったのが最初とされています。 (ちなみに、この「鹿島の神」白鹿の背に乗って来たという伝説から、奈良公園には沢山の鹿が居ます。) 






jijijjijij.jpgそして先ほどの「呪詛」の神、「天兒屋根命」を河内から勧請、他二神と供に、「春日四所明神」として藤原氏繁栄の守り神として、今日まで至っています。


 


しかし、じつはこの春日山一帯では、藤原氏が氏神を祀る前、すでに「別の神」が祀られていました


 

伝承を探ると以下のような話があります。

元々、春日山には「巨勢祝」なる神様が居た。しかし、この神は耳が不自由(耳無し)だった。そこに、鹿島から「春日明神」がやって来た時、「巨勢祝」に『山を3尺(約1メyanma.jpgートル)借りたい』と申しでた。



耳が不自由な為、あまり詳細を聞き取れなかった「巨勢祝」は、それくらいならと、あまり深く考えず、OKしてしまった。しかし「春日明神」が主張していたのは、山全体を「地下3尺」まで借りるという内容だったのだ。

だから現在も春日山の樹木は、地下3尺以上根を下ろさないという。」

 kuniyuzuri.jpg
 

耳が不自由な事を利用して、無茶苦茶な契約をさせる・・・・。
「古事記」の出雲の国譲り(国奪い!?)の記述同様、「春日明神、武甕槌命」はまるでインチキ地上げ屋(笑)並の活躍です!(←あ!でも祟らないデネ!)





かくして「耳なし巨勢祝」のブレーンごと乗っ取った藤原氏は、同じく耳成(みみな51H2Z8K2S8L.jpgし)山を頭部とする巨人、藤原京を完全にリモートコントロールできるようになったのです。




まるで、マジンガーZを操る兜少年のように・・・・。
 



↓↓↓↓どんどん盛り上がっていきましょう!(笑)



大切なのはここからです。


感覚器官をすべて奪われ、完全に操られたマジンガーZ、藤原京。kyojinn.jpg
その片手には盾、そして他方には今にも振り下ろさんとする剣が握られています。




では一体、このマジンガーZは、操られるまま、盾で何を防ぎ、剣で何を斬ろうとしているのでしょうか?

 


izumo.jpg実は盾で防いでいる方角を延長していくと「出雲大社」にぶち当たります。
なるほど、出雲本拠地からのエネルギーを跳ね返してるような形になります。





では、剣が振り下ろされる先には一体何が・・・・??

 

 

miwamiwa.jpg
そう、賢明な皆さんはすでに御察しの通り、「封印されしアマテラス」が眠るあの「お山」です! 


galaxy_chogo-z.jpg


 

・・・・・・・・・・次回へ続く!鋼ご機体!!

 




P.S  ↓↓↓コチラはスペインでアセンションしてました(笑)
 

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↓↓↓今回の記事はコチラを参考にしました!

 

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  (日本航空123便 墜落事件②からの続きです。)

日航123便の残骸について1985年9月20日号の週間ポストに興味深い記事があるので引用します。

「この金属片には白い塗装と赤がかったオレンジ色の塗装が地上を引きずったようについている。
そして不思議なことに、これには1箇所に集められた日航機の他の残骸と違い、機体の位置を示す荷札もついていない。
当初は後部胴体の外板の一部かもしれないと思ったが、日航機はオレンジ色を使用していないという。」
 

070831.jpg普通、自衛隊は写真にもあるように、実戦ではない演習用のミサイル等にはオレンジ色の塗装を施します。





また、墜落したJAL123便の遺品の中から座席中央部分の最後部から5番目に座っていた小川哲氏(当時41uhguihiu.jpg歳)は、尾翼が吹き飛ぶ6分前、飛行機の窓から123便を追尾するように飛行してくる物体に気がつき、それをカメラに収めています。

1990年10月14日付の朝日新聞朝刊一面に掲載されたこの写真は、JAL123便事件の謎を解く、唯一の貴重な物的証拠として後世に遺ることになるのです。



uhyufd.jpg・・・・・JAL123便は墜落事故などではく、撃墜事件だったのではないか?

(飛鳥昭雄作、アトランティア「KATOU」より)

北陸大学調査役の池田昌明氏によれば、謎の飛行物体として現在考えられているのは、1985年当時鋭意開発が進められていた沿岸防衛用国産追尾型巡航ミサイル「XSSM-1」の爆薬の搭載されていない演習用ミサイルではないかと考えています。

また航空評論家の関川栄一郎氏は、誘導ミサイルの精度を確認する無人標的機ではないかといっています。

 
では、もしこの仮説が正しかったとして、一体何故、自国民を守るはずの自衛隊が自国民を攻撃(誤射)してしまったのか?

この裏には誰もが思いもよらぬ巨大な陰謀があるように感じます。


では、その陰謀とは何か?
 

 これを知るには、まず当時の社会情勢、とくに日米関係を再確認しなければなりません。9a72913c.jpeg

当時の日本の首相は中曽根 康弘。任期は1982年11月~1987年11月、71,72,73の3期を務める長期政権でした。

 そして、中曽根内閣は小泉内閣に次ぐ歴代4位の長期政権です。

中曽根首相はレーガン大統領との間に個人的な親密関係(ロン・ヤス関係)を築くことにも成功して日米安全保障体制を強化しました。と、同時に米国への隷従と取るむきもあり、また、“ヤス(中曽根)はロンの使い走り”と批判されることもあります。

過去においても、日本の首相が長期政権の時は決まってアメリカの子飼いとなっている事が多く、それに抗った首相は、自ら退任するかスキャンダルを起こされるか心筋梗塞などの突然死を迎えるようです。

私が言いたいのは、どの首相が悪いということではなく、要は日本の首相の在任任期の長さが、アメリカの飼い犬度のバロメーターとなっているという事です。


jhghgh.jpg(中曽根 康弘の経歴は、首相になる以前に大日本帝国海軍学校にて初任教育を受けた後、海軍主計科士官となって広島県「呉」の司令部に配属されています。ちなみに「呉」とは、先ほどの疑惑を持つ護衛艦「まつゆき」の現在の母港です。)

 

 当時の中曽根内閣は、国防政策として、武器輸出三原則や軍事費のGNP1%枠を撤廃したがっていました。
また世界最先端の軍事技術を、アメリカの監視のもとで開発する国防政策を推進していました。db8d4ca3.jpeg

何故こんなに軍事に力を入れていたかというと、一つにその時代背景は、ソ連が大陸間弾道ミサイルSS20をヨーロッパに配備していたということが挙げられます。

pa2.jpgそれに対抗する形でアメリカはパーシングIIを配備しようと計画しており、東西冷戦構造が一段と厳しさを増し、一触即発の事態にもなりかねない核の脅威の中で、各国首相は厳しい外交の舵取りを行っていました。

そんな中、アメリカのレーガン大統領は、アジアがまったく無防備であることを念頭において、日米共同宣言の中で「日米で価値観を一体にして防衛にあたる」とし、シーレーン(Sea lane)防衛を推進しました。


では「シーレーン防衛」とは何なのでしょう?

日本は現在でも食料やエネルギーの約7割を海外に依存しています。sealane.jpg

エネルギー資源だけでなく、様々な資源を海外に依存している海洋国家である日本にとって、この資源を供給するルートの確保は重要な問題なのです。

 

そのいくつかある海上ルートを「シーレーン(Sea lane)」と呼び、このシーレーンの安全を確保することは、今も昔も日本にとっては死活問題なのです。

しかし、このシーレーンの安全が脅かされることによって、日本の諸活動が大打撃を受けることもひとつの大きな「有事」であることが未だ十分に認識されていません。

現在も、アメリカ軍事に頼ることによって、日本のシーレーンは安全がどうにか確保されている状況です。

Friedman & LeBard(1991)は、日米関係のシミュレーション論(Coming War with Japan)において、戦後、日米安保の上に米軍が無条件に保証してきた以下の4点が放棄された場合日本は一気に潰れてしまうと言っています。

1)ペルシャ湾岸からの石油供給に関する供給国確保の放棄、もしくはシーレーンの放棄。
2)石油供給に対する輸出市場へのアクセス・ルートの確保の放棄。
3)確実な供給源からの鉱石の持続的な輸入の確保の放棄。
4)アジア大陸からの脅威に対する日本の地域安全保障の放棄。


この4点はあくまでも米軍にとっては日本のために行ってきたボランティア的なサービスに過ぎません。
もし日米関係が悪化し始めればこのサービスは即時停止されます。


日本のシーレーンを日本の自力で確保しなければならないときが必ず来る・・・・。


「有事の際は、日本列島を敵性外国航空機の侵入を許さないように周辺に高い壁を持った船のようにする」
この気持ちが乗じて結果、あの有名な中曽根首相の「日本は不沈空母である」発言につながり、様々な論議を呼びました。

 しかし、もしこの当時の日本の焦りの気持ちを逆手にとられ、手玉に取られてしまったとしたらどうでしょう・・・。

 
9a5319d3.jpeg先ほど“世界最先端の軍事技術をアメリカの監視のもとで自主開発する国防政策を推進していた”といいましたが、その具体的な目玉は、国産巡航ミサイルの開発です。アメリカはこの日本の技術を自国の巡航ミサイルの中心部分に組み込み、あの「トマホークミサイル」を完成させました。

 JAL123便の垂直尾翼が吹き飛んだ相模湾海上での追尾型ミサイルの発射訓練は当時シーレーン防衛を日本に勧めていたアメリカとの合同軍事訓練だったそうです。

アメリカは日本の新型ミサイルの共同開発者なので、ミサイル標的のロックオン解除、再設定は容易な筈です。

787fd57d.jpeg
f64ab5ec.jpeg
(ちなみに当時のJALは半官半民で政府の出資率は34%、政府の圧力をかけ易かった。)syusyou.jpg




                         (→飛鳥昭雄作「KATOU」より)

 
その根拠?のひとつに、後の日本のバブル崩壊後の不景気を引き起こす原因となり、当時でも日本側に不利益しかもたらさない「プラザ合意」を、航空機事件直後の同年1985年9月22日に、日本側は何の反論もなく受諾しています。


そして、窮めつけはJAL123便の航空機事故の主原因となっている「圧力隔壁の修理ミス」。アメリカ・ボーイング社は当初は事の真相を知らなかった為、「修理は完璧に行われた」と頑なに否定していました。boeing.jpg恐らくこれは真実だったのでしょう。

しかし、不可解なのはその意見を意図も簡単にボーイング社自ら180度ひるがえします。

一体どんな裏取引が行われた結果、ボーイング社は濡れ衣をかぶるような「損な役目」を引き受けたのでしょうか?


それは、当時から現在に至るまで、日本航空と日本政府が、ボーイング社製品を購入し続けるよう、年次計画的にアメリカに強制されていることで説明できます。

 もし、あなただったら、人命に関わる修理ミスを起こしたとする会社の製品を購入し続けますか?
 

 しかし、日本は今も昔も、「世界最大の航空機事故を引き起こした原因はウチですよ」と自認するボーイング社世界一の上得意顧客なのです。


Tamogami_.jpgそして日本の自衛隊は田母神前幕僚長が論文に記したように、自身の意思とは無関係にアメリカの軍事企業の型落ち在庫のみを強制かつ高額で買わされ続けているのが現状です。

 

この事実がJAL123便墜落事故の全ての真実を物語っているのかも知れません。

 

P.S   今回私が取り上げた証拠は事件のほんの一部でしかありません。
JAL123便墜落事故の遺族の大半は、この不振な点の多すぎる航空機事故の再調査を国に求めています。
しかし、国は20数年たった今もその必要はないとして、沈黙を続けています。

真実を知らされた上で、人々がどのように捉えるのかは個々の自由ですが、それがされてないのは悔しくてなりません。

    


 失礼な文章となり大変申し訳ないです。JAL123便墜落でなくなられた全ての人々に心からご冥福をお祈り申し上げます。





↓↓↓↓上記の日航123便墜落事故のブログ記事や写真は以下を参考に記しています。


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        (日本航空123便 墜落事件①からの続きです。)

今からお伝えするのは、後に「JAL123便 米軍幻の救出劇」と呼ばれるものです。


C130.jpgPM18:56のJAL123便の墜落直後、米軍C-130輸送機が横田基地に帰投中に墜落現場付近を飛行していました。

同機のマイケル・アントヌッチ航法士は、横田基地からJAL123便の探索命令を受けたので、一帯を捜索した結果、PM19:19頃にJAL123便の墜落現場を確認しています。

「あたりはちょうど夕暮れだったが、地面はまだ見える明るさだった。山の斜面は大規模な森林火災となり、黒煙が上がり、空を覆っていた。」


同機は墜落現場の上空を旋回飛行し、急いで位置を測定、横田基地に知らせています。

続いてPM20:30、現場から60キロ離れた米陸軍座間基地から米軍ヘリUH-1を現場に無線誘導しています。4_uh-1.jpg

飛来した米軍ヘリは、PM21:05、乗員2人を生存者救出の為、現場から15mの付近までロープで降下させました。

 

その時です。当初の指令とはうって変わって横田基地からいきなり「直ちに基地に帰還せよ」という命令が入ったのです。
 

もちろん、意味の理解できない米軍ヘリは「救助続行を希望」。
 

これに対して横田基地の司令官は「日本側の救助隊が向かっている。繰り返す直ちに基地に帰還せよ」と命じたのです。


基地からのいきなりの帰還命令に当初困惑したクルー達でしたが、PM9:20最初の日本の救難機が到着、現場を旋回しているのを確認後、安心して米軍ヘリとC-130輸送機は各基地に帰還しました。

 
しかし、翌日のニュースをみてマイケル・アントヌッチ氏らC-130輸送機のクルー達は愕然とします。なんと一晩たったにも関わらず墜落現場での救助活動は愚か、墜落現場も特定できていないと報じているのです。

 
さらに不可解だったのは昨日横田基地で待っていたのは、第316戦術航空団のジョエル・シルズ大佐の言動。

シルズ大佐はC-130輸送機のクルー達が現場から戻ると、「ご苦労。しかし、このことは一切マスコミには話してはいけない」といい、その上、丁寧なことにクルー達を現場から引き離ように、翌日からの沖縄出張という異例の処置を命じました。


マイケル・アントヌッチ氏は、一連の事件を後に以下のように振り返っています。

3_98458.jpg「何故、事件のことについて話してはいけなかったのか?

あの飛行機事故のことは、10年経った今も脳裏に焼き付いて離れない。
JAL123便が管制塔【緊急】を告げたときたまたま近くを飛んでいた。現場はすぐに確認できた。墜落の2時間後には、米軍の救助ヘリが現場に着いた。

あの時、ストップがかからなければ、もっとたくさんの人が助かっていたに違いない。

日本の救援隊が現場に着いたのはその14時間も経ってからというではないか。」 
             
                                            『週刊文春』1995年9月28日号より。

 

JAL123便の航空機事故が疑惑に包まれているのは、前述の理由だけでも十分ですが、他にもおかしな点がゴロゴロしています。次に物的証拠の不可解な点を示します。


運輸省航空事故調査委員会はJAL123便の墜落事故原因を以下のように報告しました。

fujigfhkj.jpg
1978年6月2日に伊丹空港で同機がしりもち事故を起こしていた。
その後のボーイング社による修理が不適切であったため、飛行の度に客室へ与圧を繰り返す内に圧力隔壁に金属疲労が蓄積した。

金属疲労により機体後部の圧力隔壁の破壊による機内与圧空気の急激な噴流により、垂直尾翼を噴き飛ばし、JAL123便は操縦不能となり、御巣鷹山に墜落したものである。

(ボーイング社は当初、この修理ミスを否認。しかしある時期を境に一転して修理ミスを自ら主張することになります。)

 

kihihl.jpg上記の「圧力隔壁」とは上空での航空機内部の気圧を一定に保っておくための尾部に設置される鉄の壁のことです。

例えばポテトチップスなどの袋を持って富士山などを登ると、袋内外の気圧の差によって、袋はパンパンに膨らみます。

このとき【内→外】に向かって力が働いています。

「圧力隔壁」はこの内からの力に対抗するための壁で、先程のポテトチップの袋の役割を果たすものです。


実は「圧力隔壁」が金属疲労によって内圧に耐え切れず空中破壊した航空機事故は前例がありました。
1979年9月カナダ航空のDC9型機の事故です。↓↓↓↓
http://jp.youtube.com/watch?v=zO8y3KwrMRM


動画でもわかるように、カナダ航空の事故では、内圧に耐え切れず「圧力隔壁」に大人2人分の穴が開きました。

この時「急減圧」と呼ばれる急激な内圧の解放【内→外】の力が一気にかかり、給仕するワゴンはあっというhgjjkh.jpg間に機外へ吸い出されるように吹き飛びました。

スチュワーデスも吹き飛ばされそうになりました。乗客も阿鼻叫喚の大パニックです。
しかし、同機は奇跡的に無事に帰還し、死傷者は一人もでませんでした。ちなみに、このカナダ航空の事件では垂直尾翼には何の問題もありませんでした。


今回のJAL123便の事故では圧力隔壁の破壊に伴い、巨大な垂直尾翼までもがその影響で吹き飛んだと発表されています。

ijijijool.jpg垂直尾翼が吹き飛ぶには、圧力隔壁に大きな穴が開き、急激な内圧の解放【内→外】の力が一気にかからないと起こりません。

それならば、今回の123便がカナダ航空の事故より圧倒的な急減圧が起こっている筈です。


もちろん圧倒的な急減圧が起これば機内の荷物や乗員は一瞬にして外に吸い出されるように吹き飛び大パニn-zanzon.jpgックになる筈です。

しかし、そのようなパニックは先ほどの生存者である吉田さんの証言やコクピットボイスレコーダーからはまるで確認できません

 

急減圧はなかった事をボイスレコーダーから分析しています↓↓↓↓
 99e419c7.jpeg
 

では、一体どうやってJAL123便の高さ9メートル3階建てのビルにも相当するも垂直尾翼の3分の2もの鉄の塊が吹き飛んだのでしょうか?
 

吹き飛んだ垂直尾翼は、当時相模湾・伊豆沖で試運航中で艦対空追尾型巡hghjjhk.jpg航ミサイル演習訓練をしていた自衛隊の護衛艦「まつゆき」によって、翌日の1985年8月13日午後、偶然発見回収したと発表しました。


・・・・・ミサイル訓練!?   垂直尾翼を偶然発見、回収!?



段々話が怪しくなっていきます。いよいよJAL123便の秘められた裏側に迫っていきます。
                       
                                           日本航空123便 墜落事件③に続く・・・・


↓↓↓↓上記の日航123便墜落事故のブログ記事や写真は以下を参考に記しています。



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