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ちょっと前のお話ですが、中国の広西チワン族自治区で約400年前の明代(1368~1644年)頃に作られたとみられる墓を発掘していたところ、「スイス製」と刻まれた腕時計の模造品のオーパーツが見つかったそうです。
中国人のコピー商品作りは400年前から始まっていたのか(笑)!んなアホな?Σ(´д`ノ)ノ
.....くだらない冗談はさておき、今回のブログであなたの固定概念がまた一つ崩れるかもしれません。
今回のテーマは「時間」です。
(ついでに「人間の想念」と「洗脳」についてもお話します。)
「時間」とは~ 「過去→現在→未来」。
これが誰にでも認識できる一番単純なもでしょう。
ところで英語圏では、文法ひとつとっても現在完了形や過去完了形といったあまり日本人の概念では捕らえにくいものも当たり前のように使われています。
またホセ・アグエイアス氏が解説するようなマヤ文明の暦は、現在のグレゴリオ暦とは異なり、本来の自然のリズムであるといいます。
以前、私Ikusaは「年をとらない秘訣」というものを教えてもらった事があります。
それは例えば「もう40才になっちゃった~」と考えるのではなく、「私が生まれてから太陽の周りを地球が40回周っただけ!」と考えることだそうです。
確かにその通りかもしれません。だから自分がどの惑星に暮らすかで、公転周期は著しく異なり、時間の経過も概念も全く変化するわけでしょう。
(よく宇宙人が長寿とされるのも、単にテロメアなどの寿命遺伝子だけの影響ではなさそうです。)
このように国や時代、惑星によって異なる「時間」と呼ばれるものは、案外不安定なものかもしれません。
ところで最近「時間」の概念でよく取り上げられる「タイムフラクタル理論」というものがあります。
時間は過去から未来に続く“直線の矢”のようなものではなく、“周期的に螺旋を描いて、ある1点に集束する”ようにすすむというものです。(そもそもフラクタルとは相似形の意ですが・・・解りやすい表現を記しました。)
故テレンス・マッケナ氏が提唱し、現在エハン・デラヴィ氏などが頻繁に紹介しています。
また1点に集束した時間がまた徐々に螺旋を拡げて行くようなモデルを陰陽自然学の飯田亨氏やプレアデスのチャネラーのリサ・ロイヤル氏が著書の中で紹介しています。
ちょっと前に読んだ本で著者と題名は残念ながら忘れてしまいましたが、この「タイムフラクタル理論」をわかり易く説明しているものがありました。
大体以下のような内容です。
易く説明できる例をあげると、「手紙」。
遠くにいる人との連絡手段は、昔は郵便が常識。
↓↓↓↓↓↓
しかし、電話の技術が発達し、手紙は盆暮正月などの挨拶程度に利用が縮小。
↓↓↓↓↓↓
モバイル製品が普及し始めると、今度は電話と手紙の中間的な「ポケットベル」が普及。(復活)
↓↓↓↓↓↓
それもやがてPHSや携帯電話の普及で廃れます。
↓↓↓↓↓↓
しかし、インターネットが発達し「E-Mail」が普及します。(復活)
このように、時代がすすむにつれ、同じ内容のものが、違う形で再びリバイバルされることがわかります。
要するに時間の螺旋上のある1点に着目すると、次の1段上の周期において、着目していた事象が改良されて再び世に現れるわけです。
“ファッション”なんてのはもっと解りやすい例かもしれません。
私自身も日本の歴史を復習している中で、上記のタイムフラクタル理論を発見しました。
それは「紙幣」にまつわる事です。
現在のような日本の貨幣制度に「紙幣」が積極的に使用されるようになったのは、明治維新後。
それ以前では、時代劇などで商人が偽物と区別するために小判をかじっているシーンが思い出されます。
(ちなみに明治維新後の初の紙幣の作成に関しては、メーソンメンバーのグラバーが影で暗躍していた話は有名です。)
明治維新の少し前には何が起きたかというと・・・開国をせまった二度にわたるペリーの黒船来航です。
しかし、あまり知られていませんが、「日本初の紙幣の発行」は意外にも室町時代の初めに行われました。
行ったのは「建武の新政」で有名な後醍醐天皇です。(しかし、この紙幣制度はすぐに廃れました)
では、その少し前に起こった出来事は・・・・鎌倉幕府が滅びる引き金となった二度にわたる蒙古の襲来、「元寇」です。
要は日本の歴史には“二度に渡る外国勢力からの圧力”→“当時の権力の崩壊”→“紙幣の発行”→“紙幣の廃止”いう流れが繰り替えされているわけですね。
では室町時代、次に発生した出来事は?
そうです“南北朝の分裂”。 天皇が同時に二人即位していた奇妙な時代です。
これを現在にあてはめると・・・・・・・・意味深ですね。(東武皇帝のことかな!? それとも・・・)
さあ、ここからまた、ガラッと話がかわってきます!
私には、全然理解できなかった「時間の概念」というものがもう一つ存在しました。
それは、モンロー研など“体外離脱”で有名なブルース・モーエン氏や坂本政道氏らがよく提唱している時間に対する考え方です。
「時間」というものは“もともと未来も過去もない。ただ【今】だけが存在する”というものです。
これはよく「想像の世界」に例えられて説明できます。我々が想像や妄想するとき、そこには時間という概念は全くありません。未来を想像することも出来るし、過去を思い出すことも自由自在です。
しかし・・・・正直に言って、私にはこれは意味不明でした・・・(笑)
人間の想像が現実の時間にどう影響するわけ????
しかし、これを一発で納得させる極秘の軍事プロジェクトがまたしてもアメリカで行われていた事実を知りました。それも危険度超トップクラスの!
その名を「モントークプロジェクト」といいます。
宇宙人からのテクノロジーを元に、現在は閉鎖されているアメリカ、ロングアイランドの元空軍モントーク基地でおこなわれていた実験です。
人々は、この実験で人間の「時間の新たな概念」&「人間の想像力の凄さ」を知ることになります。
モントークプロジェクトとは、当初一種の「マインドコントロール兵器」の開発のプロジェクトでした。
全米各地から超能力少年(モントークBoy)を軍事基地に集め、宇宙人から教わったテクノロジーとテスラコイルを応用した通称「モントークチェア」を開発、そこに座らせ種々のイメージを連想させます。
例えば、自軍の戦車などの兵器が溶けていくようなビジョンや、戦意を失って逃亡するようなビジョンをイメージさせます。
それを「モントークチェア」と連動した巨大なパラボナアンテナより、莫大なエネルギーを使って特殊な電磁波として敵に送信します。
電磁波をおくられた相手側は、コントロールできないような恐怖感に襲われ、ビジョン通りの行動をとってしまう・・・・。
これは何も戦争兵器としての利用だけではなく、支配体制が自分達の都合のいい国民を作りだすのに、一役かうわけです。要は、集団洗脳兵器というわけです。
↓↓↓↓恐るべきマインドコントロール、モントークプロジェクト
(ちなみに上の動画で元モントークBoyのダンカン・キャメロンのインタビューがあるが実験の詳細を思い出そうとして発作を起こすシーンがあります。07:00位のところだが洗脳の恐ろしさを垣間みられます。)
確かに、過去の多くの陰謀が明らかになる前には、社会全体が一種の集団洗脳状態になっていたような気がします。疑問を疑問と思わないような人々を作り出すのに、現在もひそかに暗躍しているのかもしれません。
しかし私が「モントークプロジェクト」を恐ろしいというのは洗脳兵器としての事を言っているわけではありません。
一体何をそんなに驚いたのか?
それは、この「モントークプロジェクト」が“時空を越えていた”という事実です。
私のHPでも書きましたが、何も未来人ジョン・タイターの言う「タイムマシン」の完成を待つまでもなく、1983年、すでにアメリカにおいて「タイムマシン」は完成していたのです。
それも、時空を捻じ曲げる「タイムトンネル」を作り出したのは、なんと人間の“想念”!!
まさに二重の驚きです!
そしてこのプロジェクトは、更にぶったまげる方向へと進みます。
何回かの「タイムトンネル&タイムトラベル」を繰り返した後、なんと装置が暴走してしまい、開いた40年前とのタイムトンネルが開きっぱなしになってしまうです!
まさに地球の危機、いや宇宙の危機!?(大げさか・・・)
しかも、その時空から飛び出てきたのはナントあの・・!!
あれは、只のテレポート実験ではなかったんですね(驚)
↓↓↓↓後は動画の続きをご覧になってください!
今回ブログの出だしのスウォッチのオーパーツや、エジプトの有名な軍事兵器のヒエログリフも、アメリカの一小隊が軍事武装して過去に送りこまれた結果なのかもしれません。
昔、「戦国自衛隊」という映画が流行ましたが、まさか、実際に起っていたとは・・・・(汗)
P.S 私のHPでも紹介したように、未来の自分と面会したホーカン・ノーキヴィストという人がいます。
こういうタイムトラベルなら大歓迎ですね!「時間」というのも実はあやふやなものなんですね!
↓↓↓↓未来の自分と面会した男
P.P.S (追記) 2009年末のノルウェーの渦巻き怪光もタイムトンネルだったりして!?
(←日本の泉崎4号横穴装飾古墳の一図を教えて頂きました!!う~ん似ている・・・)
↓↓↓↓↓「時間」について再考してみませんか?
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気づいてください!伝えてください!
今年で2009年、オバマも新大統領に就任し、2012年まで残り3年になってしまいました。
これから世の中はどう激変していくのでしょうかね!?
(今年初めは今回の記事をかこうとしていたのですが、1月23日までにどうしても日航123便の記事がかきたくて、順序が逆転してしまいました。)
さて「Ikusaの体験記」と名うって始めたこのブログですが、
ふと気がつくと全然「体験記」になっていない・・・
今回は反省して、体験記「Ikusaの古代日本参拝記」を記します。(今後も紹介していきます。)
気のみ気の向くまま訪れたパワースポットや遺跡、神社や巨石岩座、日本の日来神宮(ピラミッド)を私なりの視点でご紹介します。
2009年の冬休み、本当は海外のとあるムーの遺跡?を訪れるため、二ヶ月前から航空機のチケットをとっていた私は、なんとマヌケにも乗り遅れるという失態をおかしてしまいました・・・。
過去に何度も旅行しているのに、いままでそんな愚行を犯したことはなかったのに・・・
とても悔しかったので急遽予定変更!前から行きたかった日本の古代巡りに旅立ったのでした。(そうだ!このために日本人に生まれたんだった!)
今回訪れる事ができたのは神社30数社とピラミッド数個・・・
その中から今回は私が「マンガ版日月神示」と思っている大好きなマンガ「アマテラス」(美内すずえ作、1987年、角川書店刊)に縁の深い神社2社をご紹介!
①櫛田神社
今回訪れたのは櫛稲田姫を御祭神として祀ってある富山県の射水市、串田にある櫛田神社です。
こちらは主人公 女神クシュリナーダこと千倉沙耶。そのクシュリナーダとは武素盞嗚尊の妻となっている櫛稲田姫をモデルに描かれています。
当地に残る伝承では、近くにあった大きい池に大蛇が棲み、村人を食っていたが、あるとき、娘を食ったときに、その娘が髪に挿していた櫛が大蛇の咽につまって大蛇が死んだので、娘と櫛を祀ったのが当社の始まりであると伝えています。まさに八岐大蛇伝説を彷彿とさせます。社紋は櫛(くし)に挟まれた十束の剣(或いは草薙の剣!?)です!悪を斬る凛としたエネルギーを感じます。
↓↓↓櫛田神社内の雰囲気をお楽しみください
↓↓↓厩舎に神馬がいました! ちなみに馬と暗黒星雲についての記事もそのうち書こうと思います!
②金櫻神社(乙姫神社)
次にご紹介するのは山梨県甲府市御岳町にある「金櫻神社」です。富士山麓で御神業を行っている民間の方に教えて頂いたんですが、「アマテラス」に登場する乙姫神社のモデルとなっているみたいです。航空機事故の奇跡の生き残りとして、巫女の美輪子が登場するのもここです。
「アマテラス」の主人公の千倉沙耶はこの社の奥山で「神々の洗礼」を受けます。
モデルの金櫻神社も表向きの祭神は少彦名命となっていますが、本当の御祭神は豊玉媛だそうです。御神体は大きな水晶玉で過去に何度も盗難にあったため、秘密になっているそうです。
以下の玉依姫命の神託通り強い霊力をもつものと信仰されたものです。
【鬼をさる王なれば天魔疫病の恐れなし 如意宝珠なれば宝に於いてあきみてり 国を守る王なれば息災にして天か下治む竜王の王なれば水火に於いて自在なり 天地の鏡なれば萬の事曇りなし 神符なれば不死不老悪衆不入病いなし】
物凄い御利益がありそうですね!
↓↓↓金櫻神社の雰囲気をお楽しみください!
金櫻神社の本宮は金峰山の五丈岩です。
(ちなみに金峰山の更に北が前回のブログのテーマ、御巣鷹山です。)
今回私Ikusaは乙姫神社の日本三御嶽・三大霊場となっているすぐ裏山に登ってみました。朝から登って気づいたら4時間近くうろうろしていました。おかげで面白い発見がありました。
↓↓↓今回一番の衝撃的な発見!!半迷子の末(笑)たどり着きました!
この山全てが古代日本の人工ピラミッドなのでは!?
近々、Ikusaの「古代日本参拝記・竹内文書編」を記します!
↓↓↓美内すずえ宇宙神霊ワールドがここにあります!
↓↓↓もちろんお忘れなく!
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気づいてください!伝えてください!
(日本航空123便 墜落事件②からの続きです。)
日航123便の残骸について1985年9月20日号の週間ポストに興味深い記事があるので引用します。
「この金属片には白い塗装と赤がかったオレンジ色の塗装が地上を引きずったようについている。
そして不思議なことに、これには1箇所に集められた日航機の他の残骸と違い、機体の位置を示す荷札もついていない。
当初は後部胴体の外板の一部かもしれないと思ったが、日航機はオレンジ色を使用していないという。」
普通、自衛隊は写真にもあるように、実戦ではない演習用のミサイル等にはオレンジ色の塗装を施します。
また、墜落したJAL123便の遺品の中から座席中央部分の最後部から5番目に座っていた小川哲氏(当時41歳)は、尾翼が吹き飛ぶ6分前、飛行機の窓から123便を追尾するように飛行してくる物体に気がつき、それをカメラに収めています。
1990年10月14日付の朝日新聞朝刊一面に掲載されたこの写真は、JAL123便事件の謎を解く、唯一の貴重な物的証拠として後世に遺ることになるのです。
・・・・・JAL123便は墜落事故などではく、撃墜事件だったのではないか?
(飛鳥昭雄作、アトランティア「KATOU」より)
北陸大学調査役の池田昌明氏によれば、謎の飛行物体として現在考えられているのは、1985年当時鋭意開発が進められていた沿岸防衛用国産追尾型巡航ミサイル「XSSM-1」の爆薬の搭載されていない演習用ミサイルではないかと考えています。
また航空評論家の関川栄一郎氏は、誘導ミサイルの精度を確認する無人標的機ではないかといっています。
では、もしこの仮説が正しかったとして、一体何故、自国民を守るはずの自衛隊が自国民を攻撃(誤射)してしまったのか?
この裏には誰もが思いもよらぬ巨大な陰謀があるように感じます。
では、その陰謀とは何か?
これを知るには、まず当時の社会情勢、とくに日米関係を再確認しなければなりません。
当時の日本の首相は中曽根 康弘。任期は1982年11月~1987年11月、71,72,73代の3期を務める長期政権でした。
そして、中曽根内閣は小泉内閣に次ぐ歴代4位の長期政権です。
中曽根首相はレーガン大統領との間に個人的な親密関係(ロン・ヤス関係)を築くことにも成功して日米安全保障体制を強化しました。と、同時に米国への隷従と取るむきもあり、また、“ヤス(中曽根)はロンの使い走り”と批判されることもあります。
過去においても、日本の首相が長期政権の時は決まってアメリカの子飼いとなっている事が多く、それに抗った首相は、自ら退任するかスキャンダルを起こされるか心筋梗塞などの突然死を迎えるようです。
私が言いたいのは、どの首相が悪いということではなく、要は日本の首相の在任任期の長さが、アメリカの飼い犬度のバロメーターとなっているという事です。
(中曽根 康弘の経歴は、首相になる以前に大日本帝国海軍学校にて初任教育を受けた後、海軍主計科士官となって広島県「呉」の司令部に配属されています。ちなみに「呉」とは、先ほどの疑惑を持つ護衛艦「まつゆき」の現在の母港です。)
当時の中曽根内閣は、国防政策として、武器輸出三原則や軍事費のGNP1%枠を撤廃したがっていました。
また世界最先端の軍事技術を、アメリカの監視のもとで開発する国防政策を推進していました。
何故こんなに軍事に力を入れていたかというと、一つにその時代背景は、ソ連が大陸間弾道ミサイルSS20をヨーロッパに配備していたということが挙げられます。
それに対抗する形でアメリカはパーシングIIを配備しようと計画しており、東西冷戦構造が一段と厳しさを増し、一触即発の事態にもなりかねない核の脅威の中で、各国首相は厳しい外交の舵取りを行っていました。
そんな中、アメリカのレーガン大統領は、アジアがまったく無防備であることを念頭において、日米共同宣言の中で「日米で価値観を一体にして防衛にあたる」とし、シーレーン(Sea lane)防衛を推進しました。
では「シーレーン防衛」とは何なのでしょう?
日本は現在でも食料やエネルギーの約7割を海外に依存しています。
エネルギー資源だけでなく、様々な資源を海外に依存している海洋国家である日本にとって、この資源を供給するルートの確保は重要な問題なのです。
そのいくつかある海上ルートを「シーレーン(Sea lane)」と呼び、このシーレーンの安全を確保することは、今も昔も日本にとっては死活問題なのです。
しかし、このシーレーンの安全が脅かされることによって、日本の諸活動が大打撃を受けることもひとつの大きな「有事」であることが未だ十分に認識されていません。
現在も、アメリカ軍事に頼ることによって、日本のシーレーンは安全がどうにか確保されている状況です。
Friedman & LeBard(1991)は、日米関係のシミュレーション論(Coming War with Japan)において、戦後、日米安保の上に米軍が無条件に保証してきた以下の4点が放棄された場合、日本は一気に潰れてしまうと言っています。
1)ペルシャ湾岸からの石油供給に関する供給国確保の放棄、もしくはシーレーンの放棄。
2)石油供給に対する輸出市場へのアクセス・ルートの確保の放棄。
3)確実な供給源からの鉱石の持続的な輸入の確保の放棄。
4)アジア大陸からの脅威に対する日本の地域安全保障の放棄。
この4点はあくまでも米軍にとっては日本のために行ってきたボランティア的なサービスに過ぎません。
もし日米関係が悪化し始めればこのサービスは即時停止されます。
日本のシーレーンを日本の自力で確保しなければならないときが必ず来る・・・・。
「有事の際は、日本列島を敵性外国航空機の侵入を許さないように周辺に高い壁を持った船のようにする」
この気持ちが乗じて結果、あの有名な中曽根首相の「日本は不沈空母である」発言につながり、様々な論議を呼びました。
しかし、もしこの当時の日本の焦りの気持ちを逆手にとられ、手玉に取られてしまったとしたらどうでしょう・・・。
先ほど“世界最先端の軍事技術をアメリカの監視のもとで自主開発する国防政策を推進していた”といいましたが、その具体的な目玉は、国産巡航ミサイルの開発です。アメリカはこの日本の技術を自国の巡航ミサイルの中心部分に組み込み、あの「トマホークミサイル」を完成させました。
JAL123便の垂直尾翼が吹き飛んだ相模湾海上での追尾型ミサイルの発射訓練は当時シーレーン防衛を日本に勧めていたアメリカとの合同軍事訓練だったそうです。
アメリカは日本の新型ミサイルの共同開発者なので、ミサイル標的のロックオン解除、再設定は容易な筈です。
(ちなみに当時のJALは半官半民で政府の出資率は34%、政府の圧力をかけ易かった。)
(→飛鳥昭雄作「KATOU」より)
その根拠?のひとつに、後の日本のバブル崩壊後の不景気を引き起こす原因となり、当時でも日本側に不利益しかもたらさない「プラザ合意」を、航空機事件直後の同年1985年9月22日に、日本側は何の反論もなく受諾しています。
そして、窮めつけはJAL123便の航空機事故の主原因となっている「圧力隔壁の修理ミス」。アメリカ・ボーイング社は当初は事の真相を知らなかった為、「修理は完璧に行われた」と頑なに否定していました。恐らくこれは真実だったのでしょう。
しかし、不可解なのはその意見を意図も簡単にボーイング社自ら180度ひるがえします。
一体どんな裏取引が行われた結果、ボーイング社は濡れ衣をかぶるような「損な役目」を引き受けたのでしょうか?
それは、当時から現在に至るまで、日本航空と日本政府が、ボーイング社製品を購入し続けるよう、年次計画的にアメリカに強制されていることで説明できます。
もし、あなただったら、人命に関わる修理ミスを起こしたとする会社の製品を購入し続けますか?
しかし、日本は今も昔も、「世界最大の航空機事故を引き起こした原因はウチですよ」と自認するボーイング社の世界一の上得意顧客なのです。
そして日本の自衛隊は田母神前幕僚長が論文に記したように、自身の意思とは無関係にアメリカの軍事企業の型落ち在庫のみを強制かつ高額で買わされ続けているのが現状です。
この事実がJAL123便墜落事故の全ての真実を物語っているのかも知れません。
P.S 今回私が取り上げた証拠は事件のほんの一部でしかありません。
JAL123便墜落事故の遺族の大半は、この不振な点の多すぎる航空機事故の再調査を国に求めています。
しかし、国は20数年たった今もその必要はないとして、沈黙を続けています。
真実を知らされた上で、人々がどのように捉えるのかは個々の自由ですが、それがされてないのは悔しくてなりません。
失礼な文章となり大変申し訳ないです。JAL123便墜落でなくなられた全ての人々に心からご冥福をお祈り申し上げます。
↓↓↓↓上記の日航123便墜落事故のブログ記事や写真は以下を参考に記しています。
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